ご案内

この度、未来の消費と文化を考える “モノづくり文化の発掘メディア” のSoléna編集長の大崎 博之さんとのご縁をいただき、陶芸家としての今まで経験を通して感じた美意識をメインテーマに記事にしていただきました。6時間にも及ぶインタビューを美しい言葉にまとめていただき、私の心の中が余す所なく見事に表現されています。ぜひご一読いただけると嬉しいです。

洞窟サバイバル

冒険家 林田 敦 さんのお誘いで人生初のケイビング(洞窟探検)を体験しました。

都内から車で2時間のところにある奥多摩の山の中。東京都とは思えぬ大自然を歩き洞窟入り口に到着。
入り口を見た瞬間、今までイメージしてた広い鍾乳洞があるような立てる洞窟とはレベルが違うことを悟る。

人が一人ギリギリ入れるかどうかの垂直に落ちる洞窟というより、もはや岩間の穴。高所恐怖症、狭所恐怖症だと自負していた私は冷や汗が止まらない。

恐る恐る中に入ると、案の定、滑り落ちたらどこまで行ってしまうんだろうという狭い空間を、ツルツルの岩場に背中から臀部を密着させ、地上では意識しない神経全てに摩擦を意識してジリジリと進んでいく。
もちろん命綱やセーフティネットはないので万が一、ツルッと尖った岩に落ちた時には大怪我では済まない。
そして洞窟で必要なのは、腕力よりも頭脳。頭と身体を繋げ命を賭けた、まさに”人間知恵の輪”身体の細部に神経を研ぎ澄ませながら、360°見渡しどこに身体を持っていけば先に進めるかを探していく。
いくつか難所があったが、特に部分的に狭くなっている箇所は、頭がギリギリ入るくらいの隙間。
ヘルメットも外し身体を入れるが、悪夢のように腰で詰まり、身動きが取れなくなる。

一瞬パニック状態になり泣きそうになるが仲間の声援と援護でなんとかジリジリと動きクリア。
後半は相変わらずの緊張感はあるものの、徐々に恐怖に対する抵抗がなくなり、少しずつ本当の自分との対面する。
そして洞窟は完全な暗所。
ヘッドライトを消し暗闇にすると、目を開けているのか閉じているのかも分からないほどの漆黒の闇。
そこに自分が存在しているのかさえもわからなくなる、経験したことない不思議な感覚。
ここでは一切の光源がないため、永遠に目が慣れることがないという。
2時間ほどかけて全長200mの洞窟から地上へ。

光が見えた瞬間、これほどの安堵感があるとは。洞窟は自然というよりも、もはや地球そのもの。
一切の生物も光もない世界で生と死を感じ、試される精神力。
究極の瞑想状態ともいえるその先にあるのは、地上での喜びと達成感。なにより今回はゴールが見えていたのでそれなりの安心感はありましたが、どの洞窟も最初は先の見えていない未開のもの。
そしてアテンドしてくれた林田さんはそんな数々の未開の洞窟を発見する規格外な冒険家。
そして一方では某SIerで働く頭脳明晰なエリートビジネスマン。
彼の経歴を聞く限りにわかは信じられませんが、やはりエネルギーが強い彼の抱く信念と野望からは、大きな成果を生まれるのだなぁと。
同級生の輝く彼のように私ももっと新しいことにチャレンジし、感性を広げていきます。

ご興味の方は林田さんの所属するパイオニアケイビングクラブ(PCC)のHPをご覧ください。

愛の茶筅

茶筅(ちゃせん)とは、抹茶を茶盌の中で振り攪拌させ仕上げるための茶道具。
お茶の味を左右する替えの効かない必需品であり、また永久に使うことのない消耗品。そして銘がつけられ、常に主役となる茶盌、茶杓、仕服のすぐ横で、淡々と静かに役目を全うする名もなき脇役。

しかし見方を変えれば、誰もが流派のお家元と同じものを使える唯一の茶道具でもある。そんな茶筅が想うことはただ一つだろう。認められてチヤホヤされて褒められたいわけじゃない、ただ美味しい抹茶を点てたい…奈良県生駒市高山で室町時代から500年以上続く茶筅作り。日本の茶筅はほぼ例外なくここ高山の18軒の茶筅師のもとで作られる。

ご縁あって私がはじめて手にした茶筅が茶筅師 谷村丹後先生の作品。そして丹後先生の茶筅しか持ったことがない。そんな憧れの方にお会いできました。20代目当主という長い歴史と技術を繋ぎながら、柔軟かつ新しいチャレンジをされ、幅広い多くのファンをもつ丹後先生。知っているようで知らなかった茶筅の作り方や知識だけでなく、職人としての心持ちや制作への向き合い方についても学ばせていただきました。

そしてなにより感じたことは、茶筅ひとつでここまで口当たりと味が変わる理由に”職人の魂が込められた愛”が確かにあるいうこと。

茶盌も同じだが、作り手の良いエネルギーを受けた作品こそが、これから先の時代に残っていく。そして使い手を幸せにする。

丹後先生の茶筅が気になる方はそこらで入手できないので、私までご連絡ください。ご案内いたします。